Minority
Green Dayの曲を聴いててふと思いました。
僕は気がつけばMinorityに近づいていってると。
気づけばLGBT、気づけば肉を食べれない日が増えてきてベジタリアンに近づいている(完全にそうなる日は来ないと願っているが)
けどこれは最近始まったものじゃなくて、昔から。
中学から県外の高校に野球で進学したときも、本当は一人で行くつもりやった。友達もついてくるような感じで来たけど。
結果学年から2人だけ京都とか近くの県外じゃなくて、近畿圏も出た高校に進学したし、大学受験もクラスで二人しかいなかった。(さっきと同じ友達も途中から受験の道を選んだ)
浪人も周りにあまりいてなかったし、大学入っても割とボッチ(これは狙ってない笑)
それで、大学であまり誰もしてないラブレット、ノストリルをあけて、卒業後はTATTOOを入れようとしてる。
大学卒業後の進路も就職の道を選ばなかった。
大勢の人と違うから、って理由だけでそういう選択をしてきた訳じゃない。それが一つの理由でもあるんかもしれんけど。
けど正直今までマイノリティでいて得したことってそんなにないし、あったとしても気づいてない。やのになんでそっちを選んじゃうんかな。
小中学生時代は自分で言うのも何やけどクラスで割と目立つ方やった。絶対に1位にはなれない人やったけど。笑
それでも、いわゆるカーストのトップに属してたわけじゃなく、どこの層にも属してなかった。
カーストの中で何が上で何が下ってのは明確な定義がないから、ここでは発言の多さ、明るさってことにする。
カーストの一番下(クラスで目立たない人)たちと最初に仲良くなるのも俺やったし、カースト上位(ヤンキー笑)ともすぐに仲良くなった。
属するグループってものがないから自分の居場所がずっとわからずに来たってのも事実。
そして、仲良くなった下位の友達(ごめん、これ以外に表現する方法がわからん。人として下に見てるわけじゃないから許してほしい。)はカースト上位の人たちと仲良くなって俺がハブられるとまではいわんけど、仲間に入りにくくなるって事はめちゃくちゃあった。
カーストというか、いじめられてる人とも仲良かった。けど結局俺は踏み台でしかなくて、クラスの目立つ人らと仲良くなった元いじめられっこは俺をのけもんにした。
まあこういうことからわかるように、わりとマイノリティに寄り添って生きてきた人生やと思う。
その結果自分がマイノリティになってる。
マイノリティである状態が悪いとは言わん。いい事だってある。
マイノリティじゃない人はその位置に居続けようとするだけで、なかなか上を目指さない。逆を言うと、マイノリティであるがゆえに上を目指そうとする傾向にあるってこと。
同じ位置で止まってるのは好きじゃないから、マイノリティでありながら上を目指していくってのは自分にあってるのかもしれない。
んー、何なんでしょ。
結局自分を奮い立たせるためにマイノリティを選んでるのか、それとも本当に無意識のうちにそっちのほうが合うって思って選んでるのか。
自分を知るためには絶対考えないと行けない部分やから、よく考えるけどまだ答えは出ないね。
もう少し考えよう。
終わり。